【院長ブログ】「ただのいびき」が脳にも影響?——睡眠時無呼吸症候群(SAS)とパーキンソン病の知られざる関係
松山にもようやく春の気配が感じられるようになりました。年度末のこの時期、睡眠をおろそかにしてしまう方も多いのではないでしょうか。
最近、ご家族から「主人のいびきがひどくて、夜中に何度も呼吸が止まるんです」というご相談をいただくことがあります。このたかが「いびき」が、心臓や血圧の問題だけでなく、将来のパーキンソン病の発症リスクにまで関わっている——そんな研究結果が、2025年に世界的な医学誌から発表されました。今回は、この新しい知見をお伝えします。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは?放置のリスク
睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)は、眠っている間に喉の奥の気道が繰り返し塞がり、呼吸が10秒以上止まる状態が一晩に何十回、ときには何百回も起きる病気です。
日本国内の潜在患者数は推定約900万人以上、成人のおよそ10人に1人が該当します(日本呼吸器学会)。男性の有病率は約3〜9%、女性は約2〜5%で、40〜50代の男性に多い一方、女性も閉経後に急増します。ところが、標準治療であるCPAPを受けている方は約73万人——潜在患者のわずか10%未満です。
SASの本質は「いびき」ではありません。呼吸が止まるたびに血中酸素が急落する「間欠的低酸素血症」が繰り返されること。脳にとっては何度も首を絞められているようなもので、そのたびに覚醒反応が起き、深い睡眠が粉々に分断されます。
肥満傾向のある方は特にリスクが高まります。ご自身のBMI(Body Mass Index)を確認してみてください。
BMI = 体重(kg) ÷ 身長(m) ÷ 身長(m)
25以上は要注意です。ただし日本人は顎の構造上、やせていてもSASになりうる点は覚えておいてください。
SAS放置でパーキンソン病リスクが約2倍になる?
2025年11月、オレゴン健康科学大学(OHSU)らの研究チームが医学誌『JAMA Neurology』に大規模研究を発表しました。
1,100万人を超える米国退役軍人の電子カルテを1999年から2022年にわたり追跡したところ、約155万人(13.7%)がSASと診断されており、年齢・BMI・心血管疾患・喫煙歴などを調整しても、SAS患者はパーキンソン病の発症リスクが有意に高いことが示されました。
さらに重要な点が3つあります。
- SASが重症であるほどリスクが高いという用量依存関係が示されたこと。「軽いいびき程度だから」と安心はできません。
- この関連が女性でより顕著であったこと。SASは「男性の病気」ではないのです。
- CPAP治療によってリスクが軽減できる可能性が示されたことです。
もちろん観察研究であり、因果関係の断定には至っていません。しかし1,100万人規模の大規模な観察研究で、臨床に有用な情報であると考えています。
SASはなぜ脳を蝕むのか?脳の洗浄システム「グリンパティック系」
パーキンソン病は、脳内にα-シヌクレインという異常タンパク質が蓄積し、ドーパミンを作る神経細胞が壊れていくことで発症します。
ここで鍵となるのが、2012年に発見された「グリンファティック系」という脳の老廃物排出システムです。これは主に深い睡眠(ノンレム睡眠)の間に稼働し、脳脊髄液の流れに乗せてα-シヌクレインなどの異常タンパク質を洗い流す「脳の大掃除」機能です。2025年のBrain誌に掲載されたLopesらの研究でも、グリンファティック系がα-シヌクレインの除去に実際に関与することが動物モデルで確認されています。
SASによって睡眠が何度も分断されると、この大掃除が十分に行われなくなる。加えて繰り返される低酸素は、神経細胞への直接ダメージ、全身性炎症、血液脳関門の機能低下も引き起こします。SASを「慢性的な微小外傷を脳に与え続ける"障害発生装置"」と表現されています。
毎晩、脳の掃除が中断され、老廃物が洗い流されず、酸欠と炎症で神経細胞がじわじわ傷つく。それが数十年かけて蓄積した先にパーキンソン病がある——これが現在考えられているメカニズムの骨格です。
セルフチェックで早期発見を
「もしかして自分も……?」と思われた方は、以下の項目を確認してみてください。複数当てはまる場合は、一度検査をお勧めします。
- 家族から「いびきがひどい」「呼吸が止まっている」と指摘されたことがある
- 十分寝ているのに、朝ぐっすり眠れた感じがしない
- 日中、会議中や運転中に強い眠気に襲われる
- 朝の頭痛がある
- 夜中に何度もトイレに起きる
- BMIが25以上、または最近体重が増えた
- 高血圧を指摘されている、薬を飲んでも血圧が下がりにくい
特に「いびきの指摘」+「日中の強い眠気」が揃えば、SASの可能性はかなり高いと考えてよいでしょう。SASは本人が自覚しにくい病気です。ご家族の「気づき」が、最初の、そしてもっとも大切な診断のきっかけになります。
CPAP治療で脳を守る
この研究には、もうひとつ重要なメッセージがあります。SAS診断後2年以内にCPAP治療を開始した群では、パーキンソン病の発症リスクが約30%低下していたのです。
CPAP(持続陽圧呼吸療法)は、就寝中にマスクから一定圧の空気を送り込み、気道の閉塞を防ぐ治療法です。日本でも保険適用で受けられます。「マスクをつけて寝るなんて窮屈そう」と敬遠される方もいますが、使い始めると「こんなに深く眠れるのか」と驚かれる方がほとんどです。
しかし今回の研究が示したのは、CPAPの価値は日中の眠気改善にとどまらないということ。深い睡眠が安定して確保されれば、グリンファティック系が正常に稼働し、異常タンパク質が洗い流され、慢性的な酸素不足も解消されます。CPAPは将来の脳を守るための防具なのです。
パーキンソン病は、手足の震えなどの症状が現れた時点で、ドーパミン神経細胞の約60〜80%がすでに失われているといわれています。症状が出てからでは遅い。だからこそ30代〜50代の今、SASを治療しておくことが何よりの「先手」になります。
うめもとクリニックでのSASへの取り組み
SASの検査は、まずご自宅でできる簡易型睡眠検査から始められます。検査機器を一晩装着していただくだけで、睡眠中の呼吸状態や血中酸素濃度の推移が記録されます。結果に基づいて、お一人おひとりに合った治療プランを一緒に考えていきます。
SASを「睡眠の問題」として切り離すのではなく、脳の健康、心臓の健康、そしてその方の健康寿命という大きな文脈のなかで捉えることが大切です。
「たかがいびき」と思わず、ご家族から指摘されたその日を、脳の未来を守る第一歩にしていただければ幸いです。「そのうち」と先延ばしにせず、一度ご相談にいらしてください。一緒に始めていきましょう。
