【院長ブログ】インフルエンザ大流行の影で見逃される「もうひとつの感染症」 〜引かない熱、長引く咳の原因は〜
師走に入り、松山の街にも冷たい風が吹き抜ける季節となりました。「インフルエンザの検査は陰性だったのに、熱が3日も下がりません」「家族がインフルエンザと診断されたので、私も同じだと思って薬をもらったのですが、咳だけが治らなくて…」このような声を、ここ数週間でよく耳にします。実は今、愛媛県ではインフルエンザの爆発的流行の陰で、もうひとつの感染症が静かに広がっています。
愛媛県のインフルエンザとマイコプラズマ肺炎の流行状況(2025年12月)
まずは現在の愛媛県では11月下旬(第47週)の時点で、インフルエンザの定点あたり報告数が39.50人という高い報告数を記録しています。これは過去10シーズンで最多のペースです。
検出されているウイルスの99.8%がA型で、特に今治保健所管内では68.50人、中予保健所管内では43.50人と、文字通り猛威を振るっています。松山市保健所管内も例外ではありません。
しかし、このインフルエンザの大流行の影で、実はマイコプラズマ肺炎も静かに、しかし確実に広がっています。第45週の時点で、愛媛県の定点あたり報告数は2.25人で、これは全国でもトップ3に入る高い数値で、全国的には減少傾向にあるにも関わらず、愛媛県では高い水準が続いているのが現状です。
クリニックでも、この状況を実感する場面が増えています。ご家族の中でインフルエンザと診断された方がおられ、同じような症状が出た他の家族の方も「インフルエンザ」と臨床診断され薬を処方されたものの、実はマイコプラズマ感染症だった、というケースが増えています。
マイコプラズマ肺炎とは?
マイコプラズマ肺炎は、別名「Walking Pneumonia(歩く肺炎)」と呼ばれています。肺炎を起こしているにも関わらず、患者さんは比較的元気に歩いて病院を受診できることからこのように呼ばれます。
これが、マイコプラズマ肺炎の特徴であり、同時に診断を難しくしている要因でもあります。通常の肺炎のように高熱でぐったりしている、息苦しくて横になれない、といった重篤な症状が少ないため、「ただの風邪かな」「インフルエンザの軽症かな」と思われがちなのです。
マイコプラズマという病原体そのものも、ちょっと特殊な存在です。細菌の仲間なのですが、一般的な細菌にある「細胞壁」を持っていません。これが後でお話しする治療法にも大きく関わってきます。
もうひとつ、マイコプラズマで注意していただきたいのは潜伏期間の長さです。インフルエンザの場合、感染から発症まで1〜3日と短いため、「昨日まで元気だった家族がインフルエンザになった」「今日から自分も熱が出た」といった分かりやすいパターンがあります。しかしマイコプラズマの潜伏期間は2〜3週間と長いのです。
このため「家族にインフルエンザの人はいないから、自分も違うだろう」と考えがちですが、実は3週間前にどこかでマイコプラズマをもらっていた、ということがよくあります。学童期から若年成人に多い感染症とされていますが、すべての年齢層で発症する可能性があることも重要です。
マイコプラズマ肺炎がインフルエンザと間違われる理由
では、なぜマイコプラズマ肺炎がインフルエンザと間違えられやすいのでしょうか。考えられる4つの理由をご説明します。
初期症状の類似性
マイコプラズマ肺炎の初期症状は、38度以上の発熱、全身の倦怠感、頭痛、関節痛など、まさにインフルエンザと区別がつかないのです。咳も最初は軽いことが多く、「風邪の始まりかな」程度に感じられることがほとんどです。
インフルエンザ検査陰性の落とし穴
これは非常に重要なポイントです。発熱してすぐに受診した場合、本当にインフルエンザであっても迅速検査で「陰性」が出ることがあります。そこで「インフルエンザじゃありませんね、ただの風邪でしょう」と診断され、咳止めや解熱剤だけで帰宅される。しかし実際はマイコプラズマだったため、抗菌薬を使わない限り治らず、1〜2週間症状が続いてしまう、というパターンです。
聴診での肺炎の見落とし
マイコプラズマ肺炎の厄介なところは、聴診器で胸の音を聞いても、最初はきれいに聞こえることが多い点です。レントゲンを撮って初めて肺炎像が見つかる、ということがよくあります。しかし忙しい外来では、軽症に見える患者さんにいきなりレントゲンを撮ることは少ないかもしれません。
家族内感染の思い込み
「家族がインフルエンザと診断されたから、同じような症状の自分もインフルエンザに違いない」という思い込みです。先ほどお話しした潜伏期間の違いを考えると、家族内でインフルエンザが流行している時期に、実は別の家族がマイコプラズマに罹患していた、ということは十分あり得るのです。
これらの理由により、マイコプラズマが見逃される可能性が高くなっていると考えられます。特に現在の愛媛県の流行状況のような、インフルエンザが大流行している時期には、この傾向が強くなりがちです。
マイコプラズマ肺炎を疑うサイン
それでは、どのような症状があったらマイコプラズマ肺炎を疑うべきでしょうか。下記のサインに複数当てはまる場合は、ぜひ再受診をしていただきたいと思います。
| 症状 | 備考 |
|---|---|
| 発熱が3〜4日以上続いている | 38度前後の熱が下がりにくい |
| 解熱後も咳が1週間以上続く | 乾いた咳で、夜間に悪化する |
| 処方された抗生剤が効いていない | ペニシリン系・セフェム系の抗生剤は無効 |
| 胸の痛みや軽い息苦しさを感じる | 呼吸に関する症状が強い |
特に「インフルエンザの検査は陰性だったから大丈夫」と安心せずに、症状が長引いている場合は別の病気の可能性も考える必要があります。
診察でよく遭遇するのは、「最初は熱だけだったのに、熱が下がってから咳がひどくなった」というパターンです。インフルエンザの場合、通常は全ての症状が並行して改善していくのですが、マイコプラズマの場合は時間差で症状が変化することが多いのです。
また、お子さんの場合は夜中の咳込みが激しくなることがあります。「昼間は元気なのに、夜になると咳で眠れない」という訴えがあれば、マイコプラズマを強く疑います。
マイコプラズマ肺炎の治療と対処法
マイコプラズマ肺炎の診断がついた場合、治療は抗菌薬(抗生剤)が中心となります。ただし、一般的な風邪や他の細菌感染症で使われる抗生剤では効果がありません。
先ほどお話ししたように、マイコプラズマには細胞壁がないため、細胞壁を破壊するタイプの抗生剤(ペニシリン系やセフェム系など)は全く効果がないのです。このため、マクロライド系、テトラサイクリン系、ニューキノロン系といった、細胞壁以外の部分に作用する抗菌薬を使用する必要があります。
適切な抗菌薬を使用すれば、多くの場合1〜2週間で症状は改善します。ただし、咳だけは抗菌薬を開始してもすぐには止まらないことが多く、完全に消失するまでに3〜4週間かかることもあります。これは気管支の炎症が治まるのに時間がかかるためで、決して治療が失敗しているわけではありません。
ご家庭でできる対処法としては、まず十分な休養が何より大切です。「歩く肺炎」とはいえ、体の中では炎症が起きているのですから、無理は禁物です。また、こまめな水分補給で痰を出しやすくし、適度な加湿(湿度50〜60%)で気道の乾燥を防ぐことも重要です。
咳エチケットも忘れてはいけません。マイコプラズマは飛沫感染しますので、マスクの着用や咳をする際の手の使い方にも注意が必要です。
学校や職場への復帰については、発熱がなくなり、食事が普通に摂れるようになれば可能とされています。ただし咳がまだ残っている場合は、周囲への感染防止のためマスクの着用をお勧めします。完全に咳が止まるまで休む必要はありませんが、体調と相談しながら徐々に活動レベルを上げていくのが良いでしょう。
うめもとクリニックの診療体制
うめもとクリニックでは、今回お話ししたような感染症の診断において、詳細な問診と丁寧な身体診察を最も重視しています。「熱が何日続いているか」「咳の性状はどうか」「家族内の感染状況はどうか」といった情報を総合的に判断し、必要に応じて多項目同時PCR検査や抗原検査、レントゲン検査を実施します。
特に重要なのは、「家族にインフルエンザがいるから」「インフルエンザの検査が陰性だから」という判断をしないことです。症状全体を見て、他の感染症の可能性も含めて診断を進めます。松山市をはじめとする愛媛県内の感染症動向は常に把握しており、地域で今何が流行しているかという情報も診断に活かしています。
まとめ
今回お話ししたように、現在の愛媛県、特に松山市では「インフルエンザA型の爆発的流行」と「マイコプラズマ肺炎の高い流行」という、ダブルパンチの状況が続いています。インフルエンザが大きく報道される一方で、マイコプラズマ肺炎は静かに、しかし確実に広がっているのです。
「熱が引かない」「咳が長引く」「処方された薬が効いていない気がする」といった症状がある場合、注意が必要です。また、ご家族の中でインフルエンザと診断された方がいても、同じような症状だからといって必ずしも同じ病気とは限りません。このような時期だからこそ、一人ひとりの症状をしっかりと見極める必要があるのです。
「何かいつもと違う」「症状が長引いて心配」と感じられた際は、どうぞ遠慮なく再受診をしてください。当院では、引き続き地域の皆さまに適切な診断と治療を提供できるよう努めて参ります。
引用文献
- 愛媛県感染症情報センター「インフルエンザ情報(第47週)」
URL: https://www.pref.ehime.jp/site/kanjyo/124150.html - 日本医事新報社「感染症発生動向調査(2025年第45週)」
URL: https://www.jmedj.co.jp/blogs/product/product_27648 - MLインフルエンザ流行前線情報DB
URL: https://ml-flu.children.jp/table_city.php?num=38 - 日本呼吸器学会「呼吸器感染症に関するガイドライン」(2023年版)
- 国立感染症研究所「マイコプラズマ肺炎とは」
URL: https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ma/mycoplasma.html
