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【院長ブログ】腸は第二の脳?脳腸相関の最新知見~認知症・パーキンソン病・頭痛との意外な関係~

[2025.10.05]

朝夕の冷え込みが感じられる季節となりました。最近、患者さんやご家族から「腸の調子が悪いと気分も落ち込む」「認知症の予防に腸内環境が大切と聞いた」といったご質問を多くいただいております。これらのお悩みの背景には、「脳腸相関」という重要な医学的概念があります。近年の研究により、腸と脳が想像以上に密接な関係にあり、腸内環境の変化が認知機能、パーキンソン病、頭痛などの脳神経疾患に深く関わることが明らかになってきました。今回は脳神経内科医としても興味深い「脳腸相関」について最新の知見をご紹介いたします。

 

脳腸相関とは? - 第二の脳として注目される腸の役割

脳腸相関(Brain-Gut Axis)とは、脳と腸が神経系、内分泌系、免疫系を通じて双方向に情報をやり取りしている複雑なネットワークのことを指します。腸が「第二の脳」と呼ばれる理由は、腸管には約1億個もの神経細胞が存在し、これは脊髄よりも多い数だからです。

この腸の神経ネットワークは「腸管神経系」と呼ばれ、脳からの指令がなくても独立して腸の機能をコントロールできます。例えば、緊張すると腹痛を感じたり、ストレスで下痢をしたりするのは、脳からの信号が迷走神経を通じて腸に伝わるためです。逆に、腸の状態も脳に影響を与えており、腸内環境の悪化が不安やうつ症状を引き起こすことも知られています。

この双方向の情報伝達には、迷走神経という脳と腸を直接つなぐ神経経路が重要な役割を果たしています。また、腸内で産生される神経伝達物質やホルモンが血液を介して脳に運ばれることで、私たちの気分や認知機能に影響を与えているのです。

 

腸内細菌が脳に与える影響 - 神経伝達物質との深い関係

腸内には約100兆個の細菌が住んでおり、これらの腸内細菌が産生する物質が脳の機能に大きな影響を与えることが分かってきました。特に注目されているのは、腸内細菌が産生する神経伝達物質です。

例えば、幸せホルモンとして知られるセロトニンの約90%は腸で産生されています。また、やる気や集中力に関わるドパミン、リラックス効果のあるGABA(ガンマアミノ酪酸)なども腸内細菌によって作られます。これらの物質は血液脳関門を通過して脳に到達し、私たちの気分や認知機能に直接影響を与えます。

さらに、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸、酢酸など)は、脳の炎症を抑制し、神経細胞の保護に重要な役割を果たしています。特に酪酸は血液脳関門の機能を改善し、脳の健康維持に欠かせない物質として注目されています。

逆に、腸内環境が悪化すると、有害な物質(リポポリサッカライドなど)が産生され、これらが血流に入って脳に炎症を引き起こし、認知機能の低下や神経変性疾患のリスクを高める可能性があることも報告されています。

 

認知症と腸内環境 - アルツハイマー型認知症への新たなアプローチ

近年の研究で、アルツハイマー型認知症の患者さんの腸内細菌叢(腸内フローラ)に特徴的な変化があることが明らかになってきました。アルツハイマー病患者では、健常者と比較して腸内細菌の多様性が低下し、特にビフィズス菌などの有用菌が減少している一方で、炎症を引き起こす細菌が増加していることが報告されています。

特に注目されているのは、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβタンパク質と腸内細菌の関係です。腸内の悪玉菌が産生する毒素が血液脳関門を通過して脳に到達し、アミロイドβの蓄積や神経炎症を促進する可能性が示唆されています。実際に、腸内環境を改善することでアミロイドβの蓄積が減少したという動物実験の結果も報告されています。

また、認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の段階から腸内細菌叢の変化が始まることも分かってきており、腸内環境の改善が認知症の予防や進行抑制につながる可能性が期待されています。実際に、特定のビフィズス菌を摂取することで認知機能の改善が見られたという臨床研究も報告されており、今後の治療法の発展が注目されています。

 

パーキンソン病と腸の意外な関係 - 腸から始まる病気のサイン

パーキンソン病と腸の関係は、脳腸相関の研究において最も注目されている分野の一つです。パーキンソン病の患者さんの多くが、手の震えや歩行障害などの運動症状が現れる前に、便秘などの腸の症状を経験していることが知られています。実際に、慢性便秘のある方はパーキンソン病の発症リスクが2~4倍高いという疫学研究も報告されています。

この背景には、「腸から脳への病気の伝播」という仮説があります。パーキンソン病の特徴的な病理変化であるαシヌクレインという異常タンパク質が、腸の神経細胞で最初に形成され、迷走神経を伝って脳の黒質という部位に到達し、ドパミン神経細胞を破壊するという考え方です。この仮説は「Braak仮説」として知られ、多くの研究で支持されています。

パーキンソン病患者の腸内細菌叢を調べた研究では、炎症を引き起こす細菌の増加と、短鎖脂肪酸を産生する有用菌の減少が確認されています。特に、腸内の炎症がαシヌクレインの異常蓄積を促進し、病気の進行に関与している可能性が示唆されています。

これらの知見から、腸内環境の改善がパーキンソン病の予防や治療に有効である可能性が期待されており、プロバイオティクスや食事療法による介入研究が世界中で進められています。

 

頭痛と腸内細菌の関連性 - 片頭痛・緊張型頭痛の新しい理解

頭痛、特に片頭痛と腸内環境の関係についても、近年興味深い研究結果が報告されています。片頭痛患者の腸内細菌叢を解析した研究では、健常者と比較して腸内細菌の多様性が低下し、特定の細菌群の構成比に変化があることが明らかになっています。

片頭痛の発症メカニズムには、脳内のセロトニンやドパミンなどの神経伝達物質の異常が関与していると考えられています。腸内細菌がこれらの神経伝達物質の産生に深く関わっているため、腸内環境の変化が頭痛の発症や悪化に影響を与える可能性があります。

また、腸内環境の悪化により産生される炎症性物質が血流を通じて脳に到達し、三叉神経の活性化や血管の拡張を引き起こして頭痛を誘発する可能性も指摘されています。実際に、慢性的な胃腸症状を持つ患者さんでは頭痛の頻度が高いという報告もあり、胃腸と頭痛の密接な関係が示唆されています。

緊張型頭痛についても、ストレスによる腸内環境の変化が症状の悪化に関与している可能性があります。ストレスは腸内の有用菌を減少させ、腸の透過性を高めることで、炎症性物質の血中への流入を促進し、頭痛を引き起こす可能性があるのです。

 

日常生活でできる腸内環境改善法 - 脳の健康を支える食事と生活習慣

脳の健康を維持するための腸内環境改善には、食事と生活習慣の両面からのアプローチが重要です。まず食事面では、腸内の有用菌を増やす発酵食品の積極的な摂取をお勧めします。ヨーグルト、納豆、味噌、キムチなどの発酵食品には、ビフィズス菌や乳酸菌などのプロバイオティクスが豊富に含まれています。

また、これらの有用菌のエサとなる食物繊維やオリゴ糖(プレバイオティクス)も重要です。野菜、果物、全粒穀物、豆類などから多様な食物繊維を摂取することで、腸内細菌の多様性を保つことができます。特に、短鎖脂肪酸の産生を促進する水溶性食物繊維(海藻類、こんにゃく、果物など)の摂取を心がけましょう。

一方で、腸内環境を悪化させる要因は避けることが大切です。過度の抗生物質使用、高脂肪・高糖質の食事、人工甘味料の過剰摂取、慢性的なストレス、睡眠不足などは腸内細菌のバランスを崩す原因となります。

生活習慣面では、適度な運動が腸内環境の改善に効果的です。ウォーキングなどの有酸素運動は腸の蠕動運動を促進し、有用菌の増加につながります。また、規則正しい生活リズムと十分な睡眠も、腸内細菌叢の安定化に重要な役割を果たします。ストレス管理も重要で、瞑想や深呼吸、趣味の時間を持つことで、ストレスによる腸内環境への悪影響を軽減できます。

 

まとめ

当院では、内科・脳神経内科・リハビリテーション科の特色を活かし、脳腸相関の観点から認知症の早期発見や進行予防、パーキンソン病の症状管理、頭痛の治療において、腸内環境の評価と改善指導も組み合わせたアプローチを提供して参ります。

最新の医学的知見に基づいた適切な診断と治療、そして生活指導を通じて、皆さまの脳と腸の健康をサポートできればと思います。

 

 

引用文献
  1. Cryan JF, et al. The microbiota-gut-brain axis. Physiological Reviews. 2019;99(4):1877-2013.
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  4. Arzani M, et al. Gut-brain Axis and migraine headache: a comprehensive review. Journal of Headache and Pain. 2020;21(1):15.
  5. 日本神経学会. 脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言 2024.
  6. Braak H, et al. Staging of brain pathology related to sporadic Parkinson's disease. Neurobiology of Aging. 2003;24(2):197-211.
  7. Foster JA, et al. Stress & the gut-brain axis: Regulation by the microbiome. Neurobiology of Stress. 2017;7:124-136.

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